Monthly Archives: 12月 2015

認知症の映画「任侠ヘルパー」

市川 本八幡の整体院(女性整体師)、川島カイロです。

脳の血管

草薙剛と夏川結衣らが、介護施設を舞台として展開する番組「任侠ヘルパー(2009年)」を覚えている方も多いだろう。

内容は“ヤクザが研修のために介護施設でヘルパーとして仕事をするという非現実的な設定ながらも、当代の人気俳優達がその個性に応じて、いじめや高齢者虐待、家族の絆などを含む社会問題・教育問題・介護問題を演じて見せてくれる。それらは実にシリアスな展開を見せており、考えさせられることが多い。(Wikipediaより)

 

夏川結衣演じる若年性アルツハイマーの女性に、認知症の進行・経過を見ることができる。

「ストレスから来る頭痛や物忘れの多さを自他共に認識していたが、後に母親と同じ若年性アルツハイマーを患っていることが発覚。日に日に進行する病状に苦しみ・・・(Wikipediaより)。」

とあるが、アルツハイマー性認知症を含め認知症の症状を体験できる秀逸なドラマだと思う。

 脳は、日々の経験したことを記憶する器官ということもできる。例えると、脳は様々な経験を記憶の塊(小さなボール)にして、記憶の器(大きなバケツ)に貯め込み、必要に応じてその塊を取り出すのだ。

 認知症は、脳の細胞がいろいろな理由(脳の血管が詰まる、脳の細胞の周りを原因不明のタンパク質が取り囲む、等)により壊死していくことで、記憶ができなくなるのだ。

 だから、記憶の塊をつくることができなくなり、様々な事象を記憶できなくなる。晩ご飯を食べたことを忘れてしまうのは、これが原因だろう。

 自分の家族や記憶を忘れてしまうのは、記憶の器の高さがだんだん低くなり、器が小さくなるからと言われている。

 記憶の器には、古い記憶の上に新しい記憶が積み重ねられると考えられている。記憶の器は上の方の壁が下がって、記憶の器の容積が減っていくので、新しい記憶ほど早期に失われることになる。

 つまり、最初に孫の顔や名前を忘れ、自分の子どもの顔や名前を忘れ、自身の親の顔や名前を忘れるようになる。年をとってから新築した家は結構早めに忘れ、ご自身が幼少の頃に過ごした家の記憶が頭の中には残るようになる。 定年してから習ったダイビングの技術は早々に忘れてしまうが、子どもの頃に乗れるようになった自転車は、結構乗れるようだ。

 でも、脳細胞が壊死してしまい、記憶ができず、失われていくのだから、やがては自転車も乗れず、四肢の運動機能や言語能力も失われてしまう。

認知症として話しているが、多くの人が加齢と共に経験することで、特殊なことではない。時期に差違はあっても、いずれは我が身に起こることだと考えていた方が良い。

 

さて、夏川結衣演じる若年性アルツハイマーの心中やいかに。日々失われる記憶に、その不安の色を隠せない。

 認知症の方も、日々失われる記憶、言語ばかりでなく行動も失い、その不安は如何なものか?昨日までは記憶があったのに、今日はそれが思い出せないのだ。今まで覚えることが普通であったのに、覚えることができないのだ。その不安は大変なものであることが分かるだろう。

 昨日何を食べたか、ヒントを出して、思い出してもらおうと四苦八苦している人をよく見かける。

 私は無駄なあがきだと思っている。だって、記憶できないで忘れてしまっていることを、いくらヒントを出したって思い出せるはずがない。 ヒントを長々と聞き、思い出せないことでストレスが溜まっているのではないか。そんな時は、ストレートに「昨晩はウナギを食べたそうですが、美味しかったでしょう?」と声をかけた方が、お互いにストレスにならないし、相手のプライドも傷つけないのではないか。トイレを流し忘れる方には、そっと流しておいてあげればいいのではないか。

自分の記憶を失い、自分が誰でどんな生活をしているのか、どんな立ち位置にいるのか、自分はどの様なものなのか、・・・・。

 認知症は自分を絶えず探していることを心の片隅に留め、相手のプライドを傷つけないようにおつきあいするべきだろう。

今回のブログは 整体4277 糸井康之先生の記事を引用しています。

 

神経学の勉強の時講師の伊藤先生が
「人間は何のために生きているか知っていますか?」
と質問されました。

答えは
「経験するためです」
技術を習得する、勉強するだけでなく、痛みや喜びなども含めて
生きることすべてが経験です。
それを失うという辛さ。
しかも珍しい病気でもないわけです。
健康的に生きていきたいと願ってやみません。

 

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